2025年立夏・竹笋生:サバ缶と和歌

時折、蒸し暑さの感じられる季節。

七十二候では「竹笋生 (たけのこしょうず)」。

  

とうに、筍の季節は終わった。

そう思われるかもしれませんが、現代において、筍と認識されているのは「孟宗竹」。

七十二候の竹笋(筍)は「真竹」のことであろうとされています。

 

そういえば、信州では根曲竹(ねまがりたけ)なる細い筍が、ちょうど今ごろでしょうか、出回ります。

缶詰のサバと一緒に味噌煮にするのが、信州の郷土食の一つです。

今、とても懐かしく思い出されます。

 

ともかくも、「筍」といえば食するもの。

となれば、和歌に詠うことなどあったのだろうかと興味を惹かれます。

今さらに なに生ひいづらむ 竹の子の 憂き節しげき 世とはしらずや

(凡河内躬恒)

すくすくと伸びていく筍を、世を憂いて眺める歌。

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)は、平安時代の歌人。

紀貫之とともに『古今和歌集』の撰者を務めるなど、大いに活躍しました。

 

さて、もう一首。

若竹の 生ひゆく末を 祈るかな この世を憂しと 厭ふものから

(紫式部)

こちらも、世を憂い厭う歌。

紫式部といえば『源氏物語』の作者として、やはり平安時代の宮廷に活躍しました。

 

凡河内躬恒は、三十六歌仙の1人です。

三十六歌仙とは、藤原公任の『三十六人撰』による、平安時代の和歌の名人36人のことを指します。

紫式部は、そのやや後の時代の人。

となると、この歌を詠んだ紫式部の念頭には、凡河内躬恒の歌があったとみるべきでしょうか。

 

和歌には、場所や時を超えた人のつながりを感じることが往々にしてあります。

それは、音楽も文学も同じことですし、あるいは技術のような実用においても同様かもしれません。

なんにせよ人とのつながりに想いを馳せる時、ふっと穏やかに心嬉しくなる。

信州のサバ缶と根曲竹の味噌煮にも、心を砕いてくださる方々とのつながりを想います。

これからも、心温まるつながりが続いていかんことを。

深謝。