「2025寒露・蟋蟀在戸:小さなテーブル」というエッセイを書いてから、4ヶ月近くが経とうとしています。
続編をお待ちくださっていた皆さま、大変お待たせして申し訳ございませんでした。
小さなテーブルが、どんな運命を辿っていったのか。
書かなければと思いながら、年をまたいだ連載になってしまいました。
思い出の「小さなテーブル」。
ただ捨てるのは忍びないということで、廃品回収業社に見積もりを依頼しようとしたところで前編は結了していました。
その続きです。
プラスチック製の衣類用クリアケースといった日用品もまとめて、横浜市のサイトで複数の廃品回収業社への一括見積もりを依頼。
すると、市内の各所にある業者から、続々と見積もり概算が届きました。
あとは、その中から業者を選び、訪問いただく日程の希望をお伝えするばかり。
その流れのなか、ふと、思いついたことがありました。
「寄付してはどうだろうか?」
近所に、とてもお世話になっている教会があります。
そこには、礼拝や会合の間、小さな子どもたちを預かる託児所があります。
小さな子どもたちが、おもちゃで遊んだり、絵を描いたりしている姿を、時折、目にしてきました。
大人には低すぎるテーブル。
でも、
「このテーブルの高さなら、小さい子にはぴったりかもしれない」
それから数日後、教会の管理者であり、大切な友人でもある女性に相談してみました。
衣装ケースや、スピードミントンといった遊び道具の一式も。
どれも必要ないだろうと思っていたところ、
「ぜひ!」
とのことで、あっというまに引き取りが決まりました。
ただ、テーブルについては、託児所の責任者に聞いてみないとわからないとのこと。
横浜に転居してきた折、その教会に招いてくれたのは、中学・高校時代の友人でした。
その奥様であり、やはり大切な友人となってくれた女性が、その託児所の責任者を務めています。
早速、LINEで連絡したところ、実物を見てみたいとのお返事。
その翌日だったでしょうか。
夫の力を借りて、衣装ケースとその他一式のお品、そしてテーブルを教会に運び入れます。
衣装ケースや遊び道具などは、管理担当の友人に大いに歓迎してもらい、一安心。
そして肝心のテーブルは、教会の別の方の手によって、あっけなく階下の託児室へと運ばれて行きました。
「使ってみて、要らないと思われたら、いつでも引き取ります」
そう言い残し、教会を後にしました。
託児所の責任者である友人にも、LINEで同じことを伝え、しばらく待つことに。
もしかしたら戻ってくるかもしれない小さなテーブル。
そうだとしたら、それも運命。
そして、その週末の日曜礼拝の日となりました。
テーブルについての連絡は、その後もなく、なんとなく気になりながら教会へと向かいます。
礼拝、そして同窓生の友人がリードする日曜学校を終えたところで、託児所をのぞいてみる。
いつも教会で見かける、若い女性がそこにいた。
部屋の飾り付けをして、お菓子を並べている。
「今日、二人の子どもの誕生日会があるんですよ!」
とのこと。
そして、部屋から出ていった彼女が運んできたのは、あの小さなテーブル。
私が眺める目の前に、そのテーブルを置いた。
たった数日ぶりの再会なのに、懐かしい。
そのテーブルの上に、彼女はたくさんのぬいぐるみを並べ、二人の子どもの写真パネルを設置した。
どうやら、そこを中心に皆が集まり、誕生日を祝う算段らしい。
嬉しかった。
本来の役割ではないTV台となり、挙げ句の果てには廊下に立てかけられたまま、古紙入れともなっていたテーブル。
そのテーブルが心温かく飾られ、子どもたちの中心に誇らしげにあった。
行き着くべきところに行き着いた。
そんな感慨をもって、その場を後にした。
それから後、託児所の責任者である友人と、その託児所で語り合う機会があった。
その傍にはかのテーブルがあり、友人の子どもがテーブルを上に下へと遊んでいた。
「とってもいいテーブルで、もったいないくらい」
彼女はそう言ってくれた。
「ごめんなさい、角に安全対策のシールを貼らせてもらって」
と詫びる彼女の気持ちが、また嬉しい。
大切に思ってくださっていることが、心底、伝わってくる。
大好きな場所で、大好きな人たちに囲まれていてくれる。
小さなテーブルが、あまりにも幸せな運命を辿ってくれた。
きっと神様はいる。
そう感じることのできる出来事の一つでした。

ようやくの後編となりましたが、お読みくださってありがとうございました。
立春となり、陽射しや風、そして雲に春の気配が感じられるようになりました。
まだまだ冷え込む日もあることでしょう。
皆さま、どうかお身体にお気をつけて、よき毎日をお過ごしくださいますよう。